2018年08月16日

【MAU】西洋美術史T【課題2】

西洋美術史T 第2課題
「中世美術では、神を可視の存在としてどう形象化し、それが時代ごとにどう変化したのかを、中世の5つの時代区分ごとの美術の特徴を踏まえて論じなさい。父なる神、子イエス、聖霊、さらに聖母を表現した作品を対象にして考察すること。」

レポートの参考にどうぞ。
全体的・部分的問わず、剽盗・転載はご遠慮ください。


 キリスト教における神は三位一体とされ、父なる神と子なる神(キリスト)と聖霊なる神である。聖書のモーセの十戒によると、神の姿は人には見えないため、いかなる像も作ってはならないし、それに向かってひれ伏したり、仕えてはならないとある。以下に、中世の美術でいかにキリスト教美術が発展してきたかまとめる。

 第一に初期キリスト教美術について述べる。この時代は大きく分け、キリスト教が公認される以前の「カタコンベの時代」と公認後の「教会勝利後の時代」に分けられる。公認以前は、迫害を受けないよう「カタコンベ」と言われる地下墓所が教徒の集会場となっていた。そこの壁にはモノグラム(暗号)のほか、寓意的人物や暗示的表現がなされ、キリストの象徴である魚やイカリ、天国の象徴であるぶどうや壺などが描かれ祈りの対象となった。公認後は豪華な装飾で布教活動が行われ大規模な教会堂が造営されるようになり、天井や壁に聖書の諸場面の図像が体系的にモザイクで描かれた。対象物は単純化され物語の○述に重点がおかれている。偶像崇拝の禁止の教義のため等身大の丸彫彫刻が制作されることはなかったが、相対的に二次元的な表現を持つ浮き彫りは、典礼に無関係な用途であれば教義に抵触しないと見なされ「教義的石棺」のような表現がされた。これには聖書の物語が断片的に再現されている。
 第二にビザンティン美術について述べる。ローマ帝国の遷都がビザンティン美術の始まりである。726年、聖像論争(イコノクラスム)で聖像を否定する立場が優勢となり、造形美術は一時的な衰退を余儀なくされたが、後843年にイコンは神への礼拝とは異なるものであるとして正当化され決着する。偶像崇拝禁止を尊寿していたことから、神や聖書に基づく丸彫彫刻はほとんど制作されなかった。10世紀頃になると「アルバヴィルの三連板」をはじめとする、長身で直線的で流れるような衣文を特徴とする人物像による三連板形式の祈念パネルが多く制作された。パネルを開くと中央には、洗礼者ヨハネとテオトコスが、キリストにとりなしの祈りをする像がある。その下の五人は使徒たちである。翼部の内側は主教よりも軍人聖者が優勢である。この三連板は聖書の物語や教義を主張するものではなく、聖者の位階や力が示されているものである。
 第三に西欧中世初期の美術について述べる。ケルト=アイルランド系諸国でもゲルマン系諸族でも、石造彫刻はキリスト教への改宗後本格化する。ケルト=アイルランド系では石造の十字架が古代美術を手本とせずに出現し、8世紀には独自の形態と渦巻文、組紐文などの抽象的な文様から構成される浮き彫り彫刻が確立した。ゲルマン系やランゴバルト族ではキリスト教的なモチーフが簡素・抽象的に石棺や浮彫に制作される。オットー朝時代のドイツは、10世紀半ばから11世紀初頭にかけ政治的にも芸術的にもヨーロッパの主導的国家であり、当初はカロリング朝の伝統の復活として行われたが、やがて「ゲロのキリスト磔刑像」のような、主の受難への深い関心を感じる新しい独創的な表現が見られる様になる。十字架上のキリストに対する情に満ちた見方は、すでにビザンティン美術において創始されており、この像もそこに源をもっている。
 第四にロマネスク美術について述べる。聖堂の建築の内外を装飾するための大規模な彫刻が盛んに制作される。数は少ないが祭壇に安置するための聖母子像、磔刑図、聖人像などの丸彫り彫刻も存在し、大型の神像や人間像の表現が目につく。ヴェズレーのラ・マドレーヌ修道院聖堂の「使徒たちに布教の使命を授けるキリスト」など、フランス中部から南西部にかけての巡礼路聖堂に終末論的な主題を取り上げた大構図装飾浮彫の傑作がいくつも残されている。「使徒たちに布教の使命を授けるキリスト」を含め、この時代の装飾彫刻群は、その大きさに関わらず、枠組の法則にのっとって建築の枠の形に合わせて自由にデフォルメされている。壁画はモザイクに代わりフレスコ画が普及し、厳しいキリスト像や神々しいマリア像が力強い筆到で描かれた。自然主義的ではなく、形式を重んじた表現であり、神聖な対象を威厳あるよう表現するため、動きはなく左右対称な線がハッキリとしたものが好まれた。
 第五にゴシック美術について述べる。ゴシック美術はロマネスク文化の延長線上に位置づけられるものであるが、その性格は多くの点で前時代と対照的である。ロマネスクが優れた象徴体系の上に成り立ち重厚かつ抽象的な表現が特徴だったのに対し、ゴシックは人間的で優美な写実的な表現を特徴としていく。また独立した丸彫りも作られるようになった。13世紀半ば頃から威厳に満ちた神の像よりもやさしく慈愛に満ちた聖母像が好まれるようになり、表情も人間的な感情表現に満ちた写実表現が見られる。S字形に捻った姿態、柔和な相貌などが特徴であり「ケルン大聖堂の聖母マリア」にもその特徴を見ることができる。「ピエタ像」のように、あえて悲惨な表現を試み、新しい宗教感情を喚起しようとする流れも起きる。神の光のイメージを再現するため、ステンドグラスによる聖書の表現もされた。

 全ての時代で「偶像崇拝の禁止」の問題は問われ続けた。作品の在り方がその時代の答えを反映している。象徴・シンボルとしての神の表現や、聖書のワンシーンを表現したものが多く作られ、特に「善き羊飼い」「磔刑」「最後の審判」は昔から好まれたテーマである。個人的な祈りのための美術表現は、布教を目的とする教義的な美術表現へと代わり、また感情を感じさせる表現が強くなっていったのである。


【オススメの参考図書】


鑑賞のための西洋美術史入門 (リトルキュレーターシリーズ)


これがないと美術史レポートは書けない!
という位わかりやすくて便利な本です。水乃がムサビ在学中に一番よく使った書籍でもあります。
他の科目でも高確率で使うので、一冊手元にあると良いと思います。
課題1で紹介した「カラー版 西洋美術史」とセットで揃えておくと便利です。





posted by 水乃みのる at 17:00| 西洋美術史I(ムサビ通信)

2018年08月15日

【MAU】西洋美術史T【課題1】

西洋美術史T 第1課題
「古代美術では、人体を表現する場合、その意図や目的によってどのような形や手法を選んだか?@エジプト美術、Aメソポタミア美術、Bエーゲ美術、C古代ギリシア、Dエトルリアとローマの美術、それぞれから作品を1点ずつ挙げ、お互いの影響関係についても触れながら、比較して論じなさい。」

レポートの参考にどうぞ。
全体的・部分的問わず、剽盗・転載はご遠慮ください。


 今回西洋の古代美術を学習するにあたり、エジプト美術から「ラー・ヘテプとネフェルトの像」、メソポタミア美術から「アブ神殿出土の人像」、エーゲ美術から「偶像(アルゴモス出土)」、古代ギリシアから「クリテイオスの少年」、エトルリアとローマの美術から「プリマ・ポルタのアウグストゥス」を選びその観察を行った。下記にその結果を元に考察を行う。

 一つ目の「ラー・ヘテプとネフェルトの像」は写実的な表現が特徴である。古代エジプトでは霊魂は不滅と考えられ、再生のためにミイラとして肉体が残された。この作品も死者が再生する際の器としての役割があるため、写実的であり墓主に似せている。ほぼ左右対称に作られており、素材は石灰岩である。秩序ある人体作りを行おうとしていることがわかる。二つ目のアブ神殿出土の人像は幾何学的な外見が特徴である。一番大きな像は植物の神アブを表しており、次に大きいのが母像、その他は神官と礼拝者とされる。神像はそのものが大きいことに加え瞳孔の直径が大きい。これは、当時神々は実際にそれぞれの像の中に宿っていると信じられており、かつ「魂の窓」と呼ばれるその眼を見ることで神と交信することができると考えられていたからである。そのため、交信に必要な眼から注目が離れぬよう身体や顔は単純化された。三つ目の偶像(アルゴモス出土)の素材は大理石で、幾何学的なごくシンプルな表現が特徴である。簡潔に人体の特徴を掴んでおり、純粋形体の美しさを素直に表現している。この文明でのみ、このようなしなやかな少女の裸婦の彫像が存在する。四つ目のクリティオスの少年はクラシック期初期のもので、等身大よりわずかに小さい大理石の彫像である。その身体の重心は均等ではなく左足にやや重心が多くかかり、上半身にもわずかに動きが感じられる。これはアルカイック期とは明らかに違う特徴であり、次に続く写実的で生命感あふれることが特徴であるヘレニズム期へのつながりを感じさせる。五つ目のプリマ・ポルタのアウグストゥスはギリシャの紀元前5世紀のポリュクレイトスの「槍をかつぐ人」がモデルになっている彫像である。コントラポストをはじめとするギリシャ彫刻の特徴を受け継いでおり、それにローマ的価値をつけ加えていることが分かる。頭部は理想化されているが、「ギリシャ風にされた」といったほうが適切である。細部や表面のこだわりが強く、とくに瞳や髪の表現にはドリルを多くもちい個人の特徴をはっきりと示している。軍事的指導者としての立場を強調し、自らを神格化している。
 次に五つの文化の美術作品の目的と表現手段に着目して述べる。エジプト美術は身代わりのために彫刻を作った。観賞用ではなく死後のための実用品である。王族や神々の像を中心に、官僚や神官、兵士や召使などの彫像がある。男女ともに制作され、その目的から写実的な表現がされた。メソポタミア美術はシュメール文化の聖職者を中心とする支配者階級の美術と、アッシリアの国家宣伝の為の美術が目立つ。神殿に捧げられた像は大きく見開いた目と単純化された身体表現が特徴である。エジプト彫刻が全体に直線や四角の原理に支配されているのに比べ、円や円筒形が基本の要素となっており、女性像は殆ど存在しない。エーゲ美術はその多くが小さい像で、ごく単純化された人体表現が特徴である。死者とともに埋葬された多くの彫像が両手を組んで立つ裸婦像で、おそらく母性と豊餃の女神を表していると考えられる。後にピカソなどの画家に影響を与えることとなり、その基盤は古代ギリシャ美術へと引き継がれる。古代ギリシャでは初めて生きている人間が表現されるようになった。幾何学的な彫像から、写実的・生の表現へと変化を遂げていく。後世の手本となる様式である。神話や伝説をモデルにしたものが多い。女性の像も女神の像という形で多く作られ、アルカイック期に生まれた衣文(ドレーパリー)は後の美術をさらに豊かなものにした。また、まったく支えのない独立像が制作されたのもこの時である。エトルリアとローマの美術は国家の宣伝や人物を称えるための彫像である。ギリシャ美術の特徴を強く引き継いでおり、写実的で生命感にあふれる。神話や伝説よりも歴史や事実のほうに強く関心をしめしており、この時代の彫像は一種のドキュメンタリーとも言える。国家の栄光や英雄の賛美が重視され、それを記録し宣伝するという性格が強い。観賞用としての彫像の役割を増していく。

 古代ギリシャから古代ローマへのつながりはとてもわかりやすい。エジプトでは約三千年間表現の形式が変わらなかったのに比べ、激動の変化を遂げていることがわかる。エジプト文化とメソポタミア文化は土地的にも時系列的にも影響し合っていてもおかしくない条件でありながら、お互いに強く独自性を保っている。また、彫像というものがエジプトにおいては身代わり、メソポタミアにおいては神の器という実用品として制作されていたものが、ギリシャ・ローマを経て、観賞用としての側面を強くしていく。幾何学的に、存在を表すだけの存在は、やがて彫像そのものに美しさを追求するためのものに姿を変えている。


【オススメの参考図書】


カラー版 西洋美術史


美術史の基本が浅く広く書いてあります。
古代も網羅されているので、西洋美術史I履修のタイミングで買っておくのがオススメです。西洋美術史IIでも使いました。
課題2で紹介する「鑑賞のための西洋美術史入門 (リトルキュレーターシリーズ)」もセットで揃えておくとさらに便利です。



posted by 水乃みのる at 17:23| 西洋美術史I(ムサビ通信)