2018年08月18日

【MAU】現代芸術論【課題2】

現代芸術論 第2課題
「芸術の「大衆化」について述べよ。」

レポートの参考にどうぞ。
全体的・部分的問わず、剽盗・転載はご遠慮ください。


 大衆化とは「近代社会の構造変化と社会規模の拡大化に伴って発生してきた大衆の行動様式などの画一化現象」であり、大衆化の原因には「独占資本の形成、大量生産と大量消費、マスメディアの発達」などがある。本課題のテーマである「芸術の大衆化」の定形例として「ポップ・アート」があげられる。それはポップ・アートが「独占資本の形成、大量生産と大量消費、マスメディアの発達」を中心軸に展開されている芸術だからである。ポップ・アートと社会の関係、発祥、その評価について考える。

 第1にポップ・アートの特徴と、それまでの芸術との相違点について述べる。ポップ・アートが生まれる前、1940〜50年代のアメリカでは抽象表現主義という具象的なモチーフを拒否し、作者の内面や感情を激しい筆触で画面にぶつける情熱的な芸術が時代を風靡していた。その反発として日常的なイメージやありふれた日用品を用い、今までにない新しいイメージを作り出すネオ・ダダやポップ・アートが誕生する。ポップ・アートはネオ・ダダの発展形と理解されることもあり、1950年代のイギリスでリチャード・ハミルトンやピーター・ブレイクらによって先駆的実験が試みられアメリカで本格的に開花した。ポップ・アートは芸術は大衆と共にあるべきものと考えており、人間が置かれている社会や日常に存在するイメージをアートにする。それは再現的写実主義とはまるで異なるものだと理解され、伝統的な写実表現が三次元の人物や風景をキャンバスにリアルに再現することを目標としているとしたら、ポップ・アートの芸術家達が試みたのは世界に溢れている「イメージ」のオブジェ化である。ネオ・ダダも日常的なイメージを作品に取り込むといった点で、ポップ・アートと共通する部分がみられるが、これは「ハイアート」と「大衆芸術」という、今まで相容れることのなかった二つのものを両立させることで新しいイメージを構築しようと動きである。またポップ・アートはネオ・ダダと異なり「分かりやすさ」を大きな特徴とする。
 第2にポップ・アートが生まれた時代背景・社会との関わりについて述べる。ポップ・アートは社会と密接な関係にあり、産業革命がなければ生まれなかったアートである。18世紀以前に多く行われていた生産体制であるマニュファクチュアは、18世紀後半に登場したフォーディズム・動力機械の導入により姿を消した。1950年代にアメリカは世界のどの国よりも早く機械を用いた生産体制を整え、豊かな社会を実現した。同じ機械で作られた同じ製品が市場に出回り、誰もが大量生産の製品に囲まれそれらを消費し、マルチメディアの発達により、テレビや雑誌でその広告を目にする生活を送っている。ポップ・アートはそれらが持っている「イメージ」そのものを芸術にしたのである。ポップ・アートの芸術家であるアンディ・ウォーホルやロイ・リキテンシュタイン、ジェームズ・ローゼンクイストらは、大衆文化や消費社会を象徴する大量生産で生まれたポスターや写真、マンガなどのイメージを断片的に取り出し、拡大したり繰り返したりすることでアート化した。これは共通のイメージを利用することで成り立つコミュニケーションともいえ、情報が大衆に共有されていなければ彼らのアートは成り立たないと言える。多くのものが生産されアメリカ中に行き渡っているからこそ、イメージとして使用することができるのである。
 第3にポップ・アートが大衆にどのように評価され、受け継がれたのかについて述べる。ポップ・アートは映画や漫画などの大衆文化と同様に、ハイ・アートのような難解さがないため観客の心を一瞬で掴んだ。アメリカの豊かさを象徴する大衆文化を魅力的に描いたとして社会に好意的に受け入れられた。ポップ・アートは身にまわりにあるイメージや日常的なものから成り立っており、今ある世界を肯定しているため奇妙な開放感を有している。しかし一方でポップ・アートに大衆消費社会の悪趣味さや閉塞感、死の影を見出し、「アートを使い捨てにした」という批判も少なくなかった。美術批評家のクレメント・グリーンバーグはポップ・アートを「「低いレベルの楽しみ」であって「キャンディのように小さくなってしまう」ものだと批判」した。(*1)ポップ・アートは1960年代のアメリカ社会の反映であるため、豊かなアメリカ社会の裏に隠された儚さや無情さ、退廃的な感覚をも内包しているのである。ポップ・アートは1960年代末になると無駄なものをとことん省く「ミニマルアート」や大地そのものを素材として使う「アースワーク」に押され、急速に下火になっていく。しかしその「イメージ」を素材として用いる姿勢は「コンセプチュアルアート」や、今日の「広告美術」「グラフィックアート」に引き継がれ、大衆文化の一部として発展していく。純粋芸術と大衆文化の間の壁はますます失われ、大衆的なイメージや大量生産商品を用いた美術はすでに当たり前の存在になっている。

 機械による大量生産やマスメディアの発達により、アメリカの生活は豊かなものになった。20世紀になって大衆が力を持つ大衆社会を迎えたことにより、大衆芸術の位置づけも変化していった。ポップ・アートは大衆社会に寄りそうアートであり、1960年代のアメリカ社会のイメージの反映である。

<参考文献>
(*1)「カラー版20世紀の美術」末長照和 美術出版社 2000
「カラー版西洋美術史」高階秀爾 美術出版社 1990
「鑑賞のための西洋美術史入門」早坂優子 視覚デザイン研究所 2006
「現代芸術論」藤枝晃雄 武蔵野美術出版局 2002
「ポップ・アート」 クラウス・ホネフ タッシェン・ジャパン株式会社 2009
「ウォーホルの芸術 20世紀を映した鏡」 宮下規久朗 光文社新書 2010


【オススメの参考図書】


増補新装 カラー版 20世紀の美術


いつものシリーズの20世紀版です。
相変わらず絵が多くて分かりやすいので最初の1冊に良いかと思われます。
アンディ・ウォーホルに関しては「ウォーホルの芸術〜20世紀を映した鏡〜 (光文社新書)」の本に詳しく書かれています。




posted by 水乃みのる at 16:39| 現代芸術論(ムサビ通信)

2018年08月17日

【MAU】現代芸術論【課題1】

現代芸術論 第1課題
「現代芸術における「〜主義(イズム)」とは何か。一つの「主義(イズム)」を中心として、その派生と終焉/継続について述べよ。」

レポートの参考にどうぞ。
全体的・部分的問わず、剽盗・転載はご遠慮ください。


 20世紀の芸術は様々な主義の誕生と消滅の繰り返しである。本レポートでは「シュルレアリスム」を中心に、他の主義との関わりについてまとめる。

 シュルレアリスムは1924年にフランスの詩人アンドレ・ブルトンが提唱した思想活動で、夢や驚異、無意識、狂気、偶然などに注目し、夢と現実が矛盾することなく一つの世界を作るような「超現実」の実現を目標とする。文学・美術など様々な分野で世界中に広まり20世紀最大の芸術運動となった。シュルレアリスムには大別して二つの様式がある。一つは「夢や無意識に従って描く」(*1)様式で、ホアン・ミロ、マックス・エルンストなどの画家が該当する。オートマティズム、コラージュ、デカルコマニーなどの手法を用いて意識を排除し、無意識の世界を表現する。そのため彼らの絵画には具象的な形態がなく記号的なイメージにあふれている。ミロの作品「太陽の前の人と犬」は、幻覚症状にも似たイメージの世界から偶然湧きあがってくる詩的な夢想をキャンバスに再現した抽象的で自由な形態を持っている。もう一つは、「理論的にウラを描く」様式で(*1)、サラバドール・ダリやルネ・マグリットなどの画家が該当する。現実の世界ではあり得ないものの組み合わせや、ダブル・イメージなどで夢や深層心理下の独自の世界を表現しようとする描き方で、度々デペイズマンやトロンプ・ルイユなどの手法が用いられる。ダリの作品「眠り」は、非合理的で奇怪なイメージを写実的・細密に描き、デロリとした不気味で強烈な世界を表現している。
 シュルレアリスムは特に「ダダイズム」と「形而上絵画」の二つの主義の影響を強く受けていると言われ、その流れを組んでいる。
 「ダダイズム」は、1916年にスイスのチューリヒに集まった各国の芸術家たちの間で生まれた運動である。第一次世界大戦を、西欧文化の価値観全体を揺るがす大変動と受け止め、従来の既製価値を否定・破壊する精神を根本に持つ芸術運動である。マルセル・デュシャンは「泉」と題したサインを描いただけの便器や、レオナルドの「モナ・リザ」にヒゲを付けた作品などを発表し、今まで正しいと思われていた全てに反対するアートを生みだした。ダダイズムは短命に終わったが、無意味・無価値なものに新しい原点を求める精神は、シュルレアリスムに引き継がれることになる。「コラージュ」や「モンタージュ」はダダの時代に試みられた手法で、シュルレアリストもこれらの手法から生み出される「偶然性」を作品に取り入れた。ブルトンやエルンストは元々ダダイストから出発し、シュルレアリストとなった芸術家である。ダダイズムの創始者にしてシュルレアリストでもあるトリスタン・ツァラは「シュルレアリスムはダダの灰から生まれた」と書いている。(*1)シュルレアリスムは、ダダという徹底した否定と破壊の運動の後を受けて、夢や無意識や非合理の世界を解放することで、「新しい価値」を創造しようとする運動であったといえる。
 シュルレアリスムに影響を与えたもう一つの動きである「形而上絵画」は1917年にイタリアのフェラーラの陸軍病院で、ジョルジュ・デ・キリコとカルロ・カッラが出会い意気投合したことから始まる。形而上絵画とは日常世界の背後にある世界、合理的な思考では理解できない世界を表現することを目指す芸術である。デ・キリコは遠近感の強調された人の気配のない広場、長い影、石膏像などのモチーフを合理的ではない関係性で組み合わせ、常識の外に広がる未知の領域を表現した。キリコは芸術作品を不滅にするためには人間的限界の外側に立つ必要があると考え、現実を超えた超感覚的な世界を求めた。この考え方はブルトンをはじめ多くのシュルレアリストに強い影響を与え、特にダリやマグリットといった「理論的にウラを描く」様式のシュルレアリストの絵からその響きを見ることができる。 
 第二次世界大戦を受け、多くのシュルレアリスト達がパリから離散した。ブルトンやダリ、エルンストらは第二次大戦の前後に渡米し、1940年代にアメリカで生まれた抽象表現主義に強い影響を与えた。抽象表現主義の画家ジャクソン・ポロックは無意識の世界を解放するオートマティズムの手法とインディアンの砂絵の描き方からヒントを得て、キャンバスを床の上に置き、上から絵具を滴らせながら画面全体を覆う「アクション・ペインティング」(ドリッピング)という描き方を生んだ。このポロックをはじめ、ヴィレム・デ・ク―ニングやアドルフ・ゴットリーブなどが同様の手法で作品を作っている。偶然性を利用するという点においてシュルレアリスムと密接な関係がみられる。

 ダダ・形而上絵画からシュルレアリスム、抽象表現主義へ。このように主義は断絶することなく、ある側面を受け継ぎつつ新しい形で発展している。主義というものはそれぞれ独立しているのではなく、他の様々な主義と相互に関わり合いながら生まれるのである。「ダダ・シュルレアリスムを学ぶ人のために」(*2)によると、「20世紀の文学者や芸術家でダダやシュルレアリスムの影響を受けなかったものはいない」とある。シュルレアリスムは20世紀という、主義が主義に相互に影響を与える環境の中で生まれた、最大のブームメントであったといえる。

<参考文献>
(*1) 「鑑賞のための西洋美術史入門」早坂優子 視覚デザイン研究所 2006
(*2)「ダダ・シュルレアリスムを学ぶ人のために」濱田明 世界思想社 1998
・「すぐわかる画家別西洋絵画の見かた」岡部昌幸 東京美術 2002
・「カラー版西洋美術史」高階秀爾 美術出版社 1990
・「パリ・1920年代シュルレアリスムからアール・デコまで」渡辺淳 丸善ライブラリー 1997
・「シュルレアリスム展―パリ、ポンピドゥセンター所蔵作品による」図録 国立新美術館2011


【オススメの参考図書】


すぐわかる画家別 西洋絵画の見かた


時代別に主だった画家を紹介している美術の入門本です。
良くも悪くもシンプルなので、テーマ決めの時に使いやすいです。
ダダやシュルレアリスムについては「ダダとシュルレアリスム (岩波 世界の美術)」が恐ろしいほど詳しいので、シュルレアリスムで書きたい方&勉強されたい方は是非どうぞ。




posted by 水乃みのる at 16:07| 現代芸術論(ムサビ通信)